白岩優奈さん=2020年撮影

「フィギュアスケート・全日本選手権」(25日、さいたまスーパーアリーナ)

北京五輪代表選考会を兼ねた女子フリーが行われ、白岩優奈さん(文2)は88.96点、合計145.89点で23位だった。以下女子SP、フリー後の白岩さんとの一問一答。

【写真】近畿選手権女子フリーでの白岩優奈さんの華麗な演技

【女子フリー後の一問一答】

-フリーの演技を振り返ってみて

白岩「そうですね。 全日本っていう大舞台で、皆さん自分が持ってるベスト、力を最大限出してらっしゃる、こういう。日本のトップの大会で、やっぱり内容的にはあの…本当に恥ずかしいような演技しかできなかったので。見に来てくださった皆様にも。 応援してくださってる人、先生方にもちょっと申し訳ないなと思うような演技になってしまいました」

-演技直後は立ち上がるのにも少し時間かかったようにも見えました。 どういった状況だったんでしょうか

白岩「足に力が入らないような 感じになってしまいました」

-演技中ちょっとミスが続いてしまう場面もありました

白岩「途中でやめたくなるような失敗が続いたんですけど、それでも見てくださってる皆様が、失敗しても大きな拍手をしてくださるので。もう最後まで攻めようって気持ちになりました。結果的には失敗してしまったので、攻めたのが失敗…間違いだったのかもしれないんですけど、それでも最後まで頑張ろうっていう気持ちになれたのは、拍手してくださった観客の皆様のおかげだと思います」

-この全日本での経験を今後どのように生かしていきたいですか

白岩「そうですね。 うーん…まあ、これからのことは、まあ、ちょっと考える期間を取ろうかなって思ってます」

-演技始まる前に少しの涙が見えたような感じがしたのですが

白岩「試合出るのどうしようかなってギリギリまで悩んでいたので、正直言って逃げたいなっていう感じで準備してました」

-前の段階で練習の時点からなかなかうまくいかない状況だったんですか?

白岩「練習では本田チームに移籍してからは本当によく一緒に一生懸命1カ月間練習しましたし、できることは…去年のレベルぐらいまでは戻ってきていたので、本当に調子自体はちゃんと上がってました」

-SP終わってからフリーまでの間に、気持ち的に苦しくなったりっていうのがあったんですか

白岩「いや、まず全日本前1週間…3日前ぐらいからまあ、色々ありまして。 あの…練習…1カ月間は一生懸命やったんですけど、最後の3日ぐらいはちょっと練習が満足いくような練習ができていなかったので。西日本選手権までの4か月間ぐらいずっと自主練で練習していたので、このシーズンは自分の不安を取り除けるような練習っていうのが、本当にできていなかったので。それプラス、まちょっと練習ができないような状態になってしまったので、自分の不安だとかいう気持ちを払拭することができなかったのかなと思います」

【女子SP後の一問一答】

-SPを振り返ってみて、いかがでしょうか。

白岩「えっとそうですね、今シーズンは…え〜、まぁ全日本に向けてのスタートが、あの…だいぶん遅れたぶん、あの…まぁ『練習してきたから大丈夫』って思えるような演技が、練習が、あまりできていなかったんですけど、そうなったのは自分のせいですし、せっかくの後半グループでの演技で、恥ずかしい演技をしてしまったっていうことは本当に情けないなと思いますけど、それは自業自得でもあるし、それでもフリーに残れるっていうことなので、まぁとりあえずよかったかなっていうふうに思います」

−2つ目のジャンプは転倒して3つ目にリカバリーで入れましたが、2つ目・3つ目のジャンプをどのように受け止めていらっしゃいますか

白岩「不安から飛び急いでしまったっていうのが原因だと思うので、練習では跳べてたぶんやっぱり悔しいってのはあるんですけど、まだフリーが残ってるので、フリーでは同じ失敗をしないように、また気持ちを切り替えて、頑張りたいと思います」

−今、先生は本田先生に教わっているんですか?

白岩「はい、11月の末から本田(武史)先生のところに移籍しました」

−どのようなことを教わりたいと思って本田先生につくことにされたのですか?

白岩「まぁそうですね…私もあの、関西大学の学生ですし、やっぱり拠点っていうのは関西大学で練習していたくって、でも濱田(美栄)先生は木下(アカデミー)で、あの頑張ってらっしゃるので(笑)、あの、まぁ、濱田チームを…辞めさせていただいて、あの、関大を拠点としている本田先生のところにお世話になりたいなと思ったので、移籍を決めました」

−先ほど「全日本の準備が遅れた」とおっしゃっていたのはそのことが関係していますか?

白岩「まぁ、20(歳)になったんですけど。ちょっと前から色んなことに対して悩んでいて、誰もがそういう悩む時期っていうのは来ると思う…あると思うんですけど、私にもそういう悩む時期っていうのがありまして。色々悩みながら、西日本選手権までは約3、4カ月はずっと1人で練習していて、それでも全日本に出場が決まったので、やっぱり1人で練習っていうのはすごくメンタル的に不安が大きいので、まぁ一緒に頑張ってくださる、安心できる場所…っていうのを見つけるための、時間が結構必要だったので、そういった部分での全日本に向けての練習スタートが遅かったっていう感じです」

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