しんじょう君のアテンド守時健さん 関大生時代の仰天伝説【1】

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全国のご当地キャラクターなど1421体が競った「ゆるキャラグランプリ2016」で、高知県須崎市のしんじょう君が優勝した。同市の新荘(しんじょう)川で最後に目撃されたとされるニホンカワウソをモチーフに、頭に須崎名物の鍋焼きラーメンの帽子をかぶったゆるキャラは、一躍全国区に。同市へのふるさと納税額は、昨年だけで10億円超。7月にパリで開催されたジャパンエキスポでは、グッズと市内特産品の売り上げが100万円を超えた。生みの親・須崎市元気創造課職員の守時健さん(もりとき・たけし、31=2012年卒)は、関西大学社会学部出身。破天荒な〝アテンドのお兄さん〟として注目を集める守時さんは、関大生時代にもちょっとアウトなエピソードを数々残していた。

とにかく嘘つきなのだ。演出家なのだ。きっと、この取材で話している内容だって嘘ばっかりだ。だからこそ、ふとした時に出るホントに皆がやられる。なんだか気になってしまうのだ。【写真・しんじょう君そっちのけで!?大森靖子さんのサインを見せる守時健さん=高知県須崎市役所】

「ぼく、ゆるキャラに興味ないんです」。さらっと口にした。担当職員なら、しんじょう君を携帯の待ち受け画面にするのが普通だ。守時さんのスマホには「もりときさんへ」と書かれた激情派シンガー・ソングライター大森靖子(せいこ)さんのサイン。大ファンだという。

音楽好きは中学時代から。中3の時、腕にROCKとタトゥーを入れようとして断られた。「本当いれなくてよかったですよー」。バンドに熱中した高校時代はほぼ、学校には行ってなかった。関西大学在学中も、軽音サークル・grooveに所属。「おっぱい」というバンドを組んでいた。

高校卒業後は、自動車メーカーに組立工として就職するも、周りの人間や環境が嫌になって1年で退職。大阪に出てきてアルバイトを転々とするも、状況は変わってないことに気づいた。3カ月くらい家に引きこもって、自分はどうあるべきなのか考えたという。二十歳の時だ。

「自分が馬鹿だからかなって気づいて、とりあえず大学行こうと思って。本当に頭悪かったので、めちゃくちゃ勉強しましたよ」。アルバイトで生計を立てながら、図書館にこもって1日6時間以上勉強した。

22歳で関西大学に入って、びっくりした。これまで接してきた人や、環境とはまるで違った。「この人たち、ケンカしても人殴ったりせーへんねや。普通になんかしたらありがとうって言うし。親何してるん?って聞いたら、みんな社長やし。みんなめっちゃええヤツやなぁって」。

アルバイトは関大生にもおなじみの某ドラッグストア。「本日じゃがりこ10円でーす!とか、めっちゃ嘘ついてたね」。それはいくらなんでも大特価すぎるような…。

月イチで廃墟をめぐる伝説のサークル・廃墟部を、関大に創設したのは守時さんだった。新歓は、大阪・千日前味園ビルにあったキャバレー・ユニバース。無人島キャンプ、富士の樹海にも行った。

廃墟業界でいろいろ目をつけられるようになり「時代の本流みたいなのに合流するしかないなぁって。じゃなきゃ、部員たち守れないなぁって思って」。あれは廃墟じゃないです、産業遺産を勉強しに行ってるんです——そんな大義名分を立て、廃墟部は町おこしイベントをするNPOということになった。

在学中の伝説はまだまだある。友人の家にあったいらないテレビの画面をたたき割って、関大前通りにあった考える人の銅像に被せたり。ツイッターで1000リツイートを超えたツイートが4回、世界リツイートランキングで1位になったこともある。

「みんなプリクラでエロい写真を撮ったり変な格好しているけど、あれって店員は履歴みれるんだよってツイート。震災の1週間後に孫正義が100億円寄付しますって言ったのが2位で、スヌープ・ドギー・ドッグの友達が死んだってのが3位」。2年前、しんじょう君のツイッターにフォロワー数で負けてしまったと本気で悔しがる。【2に続きます】

【関連記事】しんじょう君のアテンド守時健さん 関大生時代の仰天伝説【2】-2017年11月11日

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